朝ドラ「ブギウギ」の鈴子が大阪梅丸少女歌劇団(USK)に合格しましたね!
朝ドラ「ブギウギ」の鈴子が大阪梅丸少女歌劇団(USK)に入団したのは、娘役トップの大和礼子に憧れを抱いたからでした。
そんな大阪梅丸少女歌劇団(USK)の娘役トップ大和礼子に実在モデルはいるのでしょうか?
大和礼子の実在モデルは誰なのか気になります。
ここではブギウギ大和礼子のモデルは誰?実在してる?について史実を元に調査してみました!
朝ドラ「ブギウギ」のネタバレになる可能性があるので注意してください!
目次
ブギウギ山本玲子のモデルは実在してる?
【#ブギウギ 登場人物紹介💃】
大和礼子:蒼井優大阪の梅丸少女歌劇団(USK)第1期生の娘役で、劇団を引っぱるトップスター。
ヒロイン・鈴子のあこがれの先輩。鈴子は踊りや歌への大切な精神を礼子から受け継いでいく。#大和さん pic.twitter.com/9AauYGQ4AV— 朝ドラ「ブギウギ」公式 (@asadora_bk_nhk) September 4, 2023
朝ドラ「ブギウギ」の大和礼子は実在モデルがいると言われています!
まずは朝ドラ「ブギウギ」の大和礼子についてまとめてみました。
大和礼子(蒼井優)
- 大和礼子は朝ドラ「ブギウギ」5話から登場。
- 大和礼子は朝ドラ「ブギウギ」の大阪梅丸少女歌劇団(USK)1期生で娘役のトップ。
- 大和礼子は大阪梅丸少女歌劇団(USK)の入団について親から反対されている。
大和礼子を演じている蒼井優さんが朝ドラ初出演というのは驚きですよね!
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ブギウギ山本玲子のモデルはどんな人?
大阪松竹楽劇部、一番最初のスター・飛鳥明子さん。笠置シヅ子さんのみならず、水の江瀧子さんも尊敬する人として挙げている。
トゥシューズが簡単に手に入らない大正時代、手製のトゥシューズを履いて、爪先から血を流しながらバレエの訓練に明け暮れたというエピソードも。 pic.twitter.com/AMV0dh87cD— 小針侑起 (@peragoro22) October 9, 2023
大和礼子の実在モデルと言われてるのは飛鳥明子(あすかあきこ)さんです。
飛鳥明子(あすかあきこ)
- 1907年(昭和40年)12月生まれ
- 高等女学校卒業
- 開業医の娘
- 1922年(大正11年)大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に入団。1期生。
- 飛鳥明子さんは娘役トップとして活躍した。
飛鳥明子さんは幼少期からクラッシックバレーを習っていて、大阪の道頓堀でスカウトされたようです。
飛鳥明子さんは大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に特別生として入団しています。

飛鳥明子さんは入団費免除だったとも言われているよ。
飛鳥明子さんは得意のトウダンスで娘役トップの座を獲得しました。
水の江瀧子さんは1970年代、思い出の歌は?と聞かれると『花嫁人形』と答えている。理由はOSKのスター飛鳥明子さんが踊っていたからという事だった。
更に別のインタビューで、尊敬する人は?と聞かれると、飛鳥明子さんと答えている。
ターキーさんが踊りに専念したのも、飛鳥さんの影響だったのか? pic.twitter.com/XihGRdfuRD— 小針侑起 (@peragoro22) August 13, 2021
バレエシューズがなかなか手に入らなかった飛鳥明子さんが、バレエシューズ代わりに包帯を巻いて練習していたことは有名な話のようです。
飛鳥明子さんは包帯が血で真っ赤になっても練習していたと言われています。
飛鳥明子さんの踊りはとても大胆で、最前列の人がびっくりして受け身をとるほどだったと言われています。
飛鳥明子さんは穏やかな顔つきと違って踊りは大胆だったのですね!
朝ドラ「ブギウギ」と同じく、笠置シヅ子さんも飛鳥明子さんに憧れて大阪松竹少女歌劇団(OSSK)に入団しています。
笠置シヅ子さんは飛鳥明子さんの踊りが見たくて、本番中に顔を隠していたスカートを少し下げてしまい、幹部から叱られたというエピソードがあります。
飛鳥明子さんはバレエシューズの履き方から心構えまでいろいろなことを7歳年下の笠置シヅ子さんに教えて妹のように可愛がっていたようです。
大和礼子=飛鳥明子か?#OSK日本歌劇団 #ブギウギ #蒼井優 https://t.co/d6w8Sy49OD pic.twitter.com/VfqbpOOOZv
— またきち (@mataemon1) June 22, 2023
ブギウギ山本玲子の実在モデルのその後は?
1933年6月15日、松竹少女歌劇部(のちの松竹歌劇団)レビューガール230人が賃金削減反対、待遇改善などを要求してストライキに突入。指導者は争議委員長で当時18歳のトップスターだった水の江瀧子や副委員長の津阪織江(オリエ津阪)。「桃色争議」「ターキー・ストライキ」などと称された。 pic.twitter.com/WEpIX0LZi6
— 計都 (@artscape_tha) June 15, 2023
史実を調べると、大和礼子のモデルの飛鳥明子さんはストライキのリーダとなって大阪松竹少女楽劇団(OSSK)を解雇されています。
飛鳥明子さんがリーダーになったのは、世間から「桃色争議」と言われたストライキです。
ここからはブギウギ山本玲子の実在モデル飛鳥明子さんのその後は?について調査してみました。
桃色争議
1933年(昭和8年)東京浅草の映画に日本語字幕が付けられるようになりました。
それまでの映画には日本語字幕が無く、代わりに弁士が付けられていて弁士が休憩するタイミングで飛鳥明子さんたち少女歌劇団が登場していました。
しかし、映画に日本語字幕が付くようになって弁士も飛鳥明子さんたち少女歌劇団も必要なくなってしまったのです。
世界恐慌の影響もあって、飛鳥明子さんの姉妹劇団である東京の松竹少女歌劇団(SKD)では男性音楽部員29人が解雇されて、他の部員は全員減給となりました。
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解雇や減給に納得がいかなかった東京の松竹少女歌劇団の少女たちは、水の江瀧子さん(当時19歳)をリーダーにしてストライキを起こしています。
水の江瀧子さんは飛鳥明子さんより後輩ですが、松竹少女歌劇団の男役トップと言われた方です。
【水の江瀧子さん】(1915-2009)
通称:ターキー「男装の麗人」
※リクエスト分 pic.twitter.com/cQ3V3LrU3N— デジミ【D.M.C】official (@DigitalMixComp) August 21, 2023

東京の松竹少女歌劇団(SKD)が先にストライキを起こしたのね!
飛鳥明子さんが所属する大阪松竹少女楽劇団(OSSK)も東京のストライキの影響を受けて、幹部に改善要求を提出したのですが、松竹少女楽劇団幹部は飛鳥明子さんたちの改善要求を無視しました。
改善要求を無視された飛鳥明子さんなど大阪松竹少女楽劇団(OSSK)の少女たち51名は、公演が終了すると南海電車に飛び乗り、暗い山道を歩いて金剛三昧院で籠城作戦をすることにしたそうです。
金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は高野山のお寺で宿坊があるので、飛鳥明子さんたちは籠城作戦の場として選んだのだと思われます。
桃色争議
笠置シズ子らレビューガール51名、楽士19名 S8.6/27~7/9 高野山 金剛三昧院 に籠城。
当持院は、頼朝を弔うため政子が発願 建立され、後、実朝菩提のため金剛三昧院と改称し、安達景盛が建立奉行を務めた… pic.twitter.com/OLifY2rhfv
— 野田 誠 (@makoto_noda) October 10, 2023
大阪松竹少女楽劇団(OSSK)の少女たちが起こしたストライキは飛鳥明子さんがリーダとなって、金剛三昧院の参道に旗を掲げて改善要求をアピールしました。
飛鳥明子さんなど松竹少女楽劇団の少女たちが起こしたストライキに世間が興味を持ち、記者が「桃色争議」と名付けて広めています。
世間に桃色争議が広まったことで松竹少女楽劇団の売上が激減し、松竹少女歌劇団幹部は「週休制」と「最低賃金」を約束することにしたそうです。

飛鳥明子さんなど松竹少女歌劇団の少女たちは休みがなかったのかもね。
「桃色争議」は東京(SKD)も大阪の松竹少女歌劇団(OSSK)も少女たちの完全勝利!という結果で終わっています。
しかし、松竹少女歌劇団幹部は飛鳥明子さんなど桃色争議のストライキのリーダーに処分を下しました。
- 東京の松竹少女歌劇団(SDK)のストライキのリーダー、水の江瀧子は謹慎処分。
- 大阪松竹少女歌劇団(OSSK)のストライキのリーダー、飛鳥明子は解雇。
- その他の松竹少女歌劇団のメンバーは減給。
飛鳥明子さんは解雇という最も重い処分となっています…
飛鳥明子さんは自分が解雇されることで、後輩たちを守ったと言われているようです。
松竹少女歌劇団は飛鳥明子さんや水の江瀧子さんなどトップを二人も失ったということですね!
大和礼子の実在モデルのその後
朝ドラ「ブギウギ」大和礼子の実在モデルの飛鳥明子さんは「桃色争議」の後に解雇されましたが、飛鳥明子さんは振付担当と教師して大阪松竹少女楽劇団(OSSK)にふたたび戻っています。
しかも飛鳥明子さんは宝塚の指揮者と結婚していました。
現在は飛鳥明子さんのお孫さんが飛鳥明子さんについてつぶやいてるみたいですよ。
10月2日から大阪局制作朝ドラが始まる 何故笠木シズ子の物語なのかわからない 初代トップスターの飛鳥明子の孫として面白くない 作曲家となら私達も負けてない 山田耕作と親しく家が隣 祖父は宝塚の指揮者と飛鳥明子が結婚
飛鳥明子はエリアナパブロワの一番弟子五代目菊五郎より天才洋舞家と pic.twitter.com/hWQfD1Lei1— 土井孝司 (@7XPtUuUoOiiZJhX) September 4, 2023
飛鳥明子さんは1937年(昭和12年)8月に病死しています。
飛鳥明子さんは享年29歳という若さでした。
ちなみに朝ドラ「ブギウギ」では娘役トップの大和礼子と男役トップの橘アオイが出てきますが、史実では大阪松竹少女歌劇団(OSSK)飛鳥明子の時代に男役トップはいなかったそうです。
そしておそらく橘アオイは東京の松竹少女歌劇団の男役トップ水の江瀧子が実在モデルだと思われます。
朝ドラ「ブギウギ」で桃色争議は大和礼子と橘アオイがリーダーとなってストライキが起きるのかもしれませんね!
ブギウギ大和礼子のモデルは誰?実在してる?まとめ
1922年に創設された松竹楽劇部、一番最初の大スターといえばトゥダンサーの飛鳥明子さん。
水の江瀧子さんが尊敬した方です。
桃色争議では大阪組の代表となり、その後退団しましたが、1937年に亡くなるまで劇団の指導者として関わりました。 pic.twitter.com/JJpuRQK4pv— 小針侑起 (@peragoro22) November 8, 2021
ブギウギ大和礼子のモデルは誰?実在してる?についてまとめてみました。
- 朝ドラ「ブギウギ」大和礼子の実在モデルは飛鳥明子さんだと思われる。
- 大和礼子のモデル飛鳥明子さんは「桃色争議」の大阪松竹少女歌劇団(OSSK)のリーダーをしていた。
- 大和礼子のモデル飛鳥明子さんは「桃色争議」の後、大阪松竹少女歌劇団(OSSK)を解雇されている。
- 大和礼子のモデル飛鳥明子さんは29歳の若さで病死している。
- 大和礼子のモデル飛鳥明子さんは後輩の為に解雇されたと言われている。
飛鳥明子さんがモデルの大和礼子は朝ドラ「ブギウギ」でどのように描かれるのか楽しみですね!